安全保障関連法に反対する学者の会で考えたこと 姉崎洋一さん(北海道大学名誉教授) | インタビュー・サイト ユーフォニアム

安保法制に反対する学者の会で考えたこと 姉崎洋一さん(北海道大学名誉教授)

違憲性と表現の自由への不安

● 私は矛盾が至るところに出てきていると思っていまして。沖縄の話も絡んできますが、やはりいまの安保法制の話にちょっと戻るんですけど、私自身の反対の根拠は三つあって。ひとつはやはりこの前出てきた違憲の話。まあどう考えても、9条以外の憲法条文を援用しても違憲であるのは間違いない。そのところを無理やり解釈改憲してしまうと、法的な安定的価値というものが完全に崩れてしまう。これはもはやなんというのでしょうか(笑)。

 

姉崎 ええ。やりたい放題ですよね。

 

● ええ。統治の主体は行政なのか?という話になってくる。これは非常に大変な問題じゃないかというのがひとつ。この件では憲法学者の人たちはとても怒っていると思うし。そして世代に関する責任ですよね。若い世代が、僕らもずいぶん聞かされてきましたけど、「あの失敗を絶対繰り返さない」というのは。結局そういうことをいわれてきた僕らが今度はいまたとえばこちらにおられる学生さんの世代にまたツケをまわす可能性があるという意味で問題意識があります。

 もうひとつは個人的な理由なんですけど。私自身「ひきこもり」経験とかあったりして、いろいろとマイノリティ的な事情があるので、表現できる場がどんどんどんどん狭まっていくのではないか?という危機感があるんです。こうやって自由に話ができたり、自分は今までこういう経緯を辿って困ったけれども、たとえそうであれ、まあ、自分個人の問題だけではなくって、という話がね(笑)。すごくしずらくなるんじゃないかという不安。非常に自分を責める傾向性がありますからね、ひきこもり系の人たちとか、いま仕事に就けない若い人たちもそうでしょう。そういうような現状を何とか打破しなきゃいけないなあと少しずつ思い始めたとき、上からドーンとこうなってしまうと、またぞろ沈黙せざるを得ない可能性が出てきて、非常に怖い。どちらかといえば感情的には後者の方が怖いんですけど。どうでしょうね?先生としてはもちろん法的な問題に対する関心、非常にあると思うんですけど、感情的な部分などに関しては?

 

姉崎 だからある意味では戦争準備をしているわけなので。まあ「TOTAL WAR」というか、戦争は戦闘場面だけで遂行されるわけではないんです。戦争を支持する国民意識ですとか、さまざま総がかりでそれを進めないと出来ない。産業界がもちろん協力するということもあるでしょうし、抵抗の拠点であるこの大学自身も黙らせることをしないとだめでしょう。そういう意味でやっぱり総がかりで進めてきていて、政治学者に中野晃一さんという方がおられますが、彼の最新の岩波新書で日本がなぜ右傾化してきたかということを書いている本(『右傾化する日本政治』)がありますけれど、やっぱり彼らも突然こういうことを出してきたわけではなくて、10数年かけて用意してきた上で、いまがラストチャンスと思っているところがあるわけです。だからいろんな準備、戦争法案それ自身をどうやって通すか。憲法については、結局明文改正という正面突破ができなかったので、解釈からきましたけれど、その時にお墨付きを与えていたのが内閣法制局なので。その内閣法制局長官人事を強引にすげかえるという、いままでの政府がやってこなかったことをやっちゃったわけです。あの時、本来は内閣法制局長官になる人がいま最高裁判事になっているわけですよ。その人は相当怒っている(笑)。まあ彼は少数かもしれないけれども、最高裁の現役判事の仲間もこういうことは良くないと思っている人がいるわけです。安陪首相は、外務省から連れてきた人間を長官にしたんですけど、一番そういう法律が苦手な人を就けたので、いろいろ板ばさみになって元々身体が悪かったのが、亡くなったわけですよね。

 

● ああ、そういわれてみると。代わっていますね、いま。

 

姉崎 その下にいた実務専門の所の人がいま内閣法制局長官をやっているんですけど、その前の歴代の内閣法制局長官に仕えてきた人で、「専守防衛」しか国会で答弁しない文面を作ってきた人ですから、集団的自衛権容認ということは彼の論理から出てこない。この前6月国会始まったときについ自分の本音を言ってしまったりということがあったりして。だから論理展開ができない。

 

● (笑)。なるほど。

 

絶望の裁判所(?)

姉崎 ええ。こういう内閣法制局長官をすげ替えもやりましたし、瀬木比呂志さんの『絶望の裁判所』(講談社現代新書)みたいな本を読むと、裁判所もいまはまともな人は2割しか残ってないんですよ。それでもあと2割の人が時々よい判決を出したりしていますけれども。だけどみんな捨て身ですよ。福井の原発の判決を出した方などは、あれを出したために飛ばされるというようなことがありました。普通は地裁から高裁へ行くコースがあるのです。だから本来は名古屋高裁に行くのがルートなんですけど、彼はあのあと名古屋家裁なんです。

 

● ああ、家裁ですか。なるほど。

 

姉崎 処分された。それで彼が裁判に就くとそういう判決が出てしまうので、彼を忌避しようとしたんですけど、一回自分がやった裁判は自分で引き取ることは出来るので、だから家裁になってもそのまま引き取ってあの判決を出したということなんです。そういう気骨のある人も残っていたり、この前、厚木で基地騒音の判決を出した人は定年2日前にあの判決を出したと聞きました(笑)。

 

● (笑)なるほど。

 

姉崎 (笑)というような人がね。僅かながら残っているけれども、全体で2割程度じゃないだろうか。8割は中央の事務局でね。占めていくような人事になってきているので。

 

● それは最高裁もそうなんですか?

 

姉崎 ええ。でも最高裁まで行く人たちはそれなりにプライドがあるので、立場に関係なく憲法を足蹴にするのは許せないという。つまりそういう触れちゃいけないことをいまの政権はやっちゃったので、普通は辞めた最高裁の判事とか、内閣法制局元長官などは発言しないですよ。普通、死んでもしない。

 

●ああ~。

 

姉崎 そういう人たちがここに来てみんな発言しだしているということは自分らが一生かけて大事にしてきたものをむちゃくちゃ足蹴にしていると。頭のいい、切れのいい人が言うんならまだしもだけど、全く法律も何も知らないような(笑)。

 

● いや、頭よかったらそんなこと言いませんもんね(笑)。無理だって(笑)。どうしたってねえ。どこからも出しようがないというか。その点、若い木村草太さんなんていうのは非所に鋭くて。

 

教育基本法の改悪

姉崎 あの人だって本当は保守の人なんですけど。長谷部恭男さんとか、木村草太さんなどは本来は保守の人なんですけど、彼ら自身を怒らせているというのが今だと思いますね。だからさっきの話に戻すと、そういう風に準備をすごい時間をかけてやってきたわけですね。外堀を埋めるべくどんどんやってきた。その中にやっぱり、教育世界にもそれが及んできて、僕はさっき言った教育基本法が2006年に変えられたというのが相当大きな変化を感じた。

 

● なるほど。

 

姉崎 ええ。あそこの2条に「教育の目標」というのを持ってきて、そこに言葉はもろに使っていませんけど、基本的には「国を愛する心」、愛国心その他が入り込んで。それが道徳教科ベースになってきてますし。小中学校における「日の丸、君が代」もいま100%ですよ。沖縄ももはや100%になってきているということが起きて、北海道も抵抗の拠点だったんだけれども100%になってきていて、それに異議申し立てすると処分が断固としてやってくる。裁判で勝ち始めていますけど、それでも変えずにやってきている。教師をがんじがらめにして動かないようにさせようとしてるんですけど、まあ執拗に教師たちも抵抗していますけど、でも前と比べて相当に学校の息苦しさというのは出てきていて、そういう息苦しさが子どもの支配にも及んできています。

 

堅固なヨーロッパの階級社会

● いま思い出したのですが、実は前ある先生から伺ったのですけれど、ちょっとヨーロッパと日本の話なんですけどね。つまり「68年世代」という、いわゆるそういう人たちのその後の問題。いまの西洋の右傾化、ヨーロッパの右傾化は68年の民主化運動のときの反動だという話らしいんですよ。で、それが新右翼としてヨーロッパに登場してきていると。そこはまあ、いろいろ矛盾とか葛藤とかいろいろあって、もちろんリベラルな人たちがそういうものを批判しているわけですが、「日本も同じ現象なんですか?」と聞いたらですね。日本は元々そういう68年世代の運動が弱かったので、今の安倍さんもそうなんだけれども、旧右翼がそのまま生きて、現在までいるから日本はちょっと違うという話をされたんです。さっきの話でふと思ったんですけどね。

 

姉崎 うん。多少反映してるんじゃないかなと思うんですけど、ヨーロッパの場合、僕はイギリスに1年いたり、20回以上行ったりしてるとやっぱり厳然として日本社会と違うのは階級社会の堅固さ。

 

● ああ~、はい。

 

姉崎 ええ。それは未だに自分がどの出自、オリジンかというのは明白にワーキングクラスとかそうでないかというのは言ったりしますし、大学があれだけ広がってエリート・システムが少し壊れて大学の数が増えてきてるんですけど、依然として「オックスブリッジ」、すなわちオックスフォード、ケンブリッジに行く人たちのコースの出自は変わらない。

 

● なるほど。

 

姉崎 うん。そういうものはもう何世代にもわたって作られてきている。

 

● もはや文化になっていると?

 

姉崎 うん。だから「身分制の原理」の底の厚さみたいなのがやっぱり日本と違うので、彼らは68年に恐怖をおぼえた。イギリスはそれほどでもなかったんですけど。

 

● そうでしょうね。

 

姉崎 それでもフランスやドイツ、イギリスにもあったんですけど、そういう人たちに共通してあるのは長い間かけて作り上げてきた自分たちの地位を犯す人たちが出たと。いわば「ニュー・カマー」たちが侵入してきてそれを犯すんじゃないかという、そういう意識が強くあって。ドイツもあの頃68年に助手が学長になるなどということもあったり、もっと戦闘的でしたね。で、全構成員自治というようなことを非常に強く主張するという動きがありました。僕もイギリスの大学に行くと教授は数が限られていて、少ししかいないんですよね。だから日本の大学がアメリカ化していて、教授がこんなに多いんだと。ある人は冗談でプロフェッサーは「プロフェス」と言い、神に対して自分を告白できる位置にある人のみがプロフェッサーなわけだけど、アメリカはテイチャーとプロフェッサーが一緒になった「プロチャー」だと。

 

●「プロチャー」。なるほど。

 

姉崎 大衆化しちゃってると。だからそういう自分の矜持を持たないような者が教授になったりしていると。そういうことを言う。それはある意味でヨーロッパ社会を崩すような大衆化のプラス面であると思うのですけれども。同時にヨーロッパは非常に階級社会なので、新しい階層が増えることに対する防衛意識や危機意識は依然として強いんじゃないかと思う。英国で言えば、いま保守党のキャメロンが教育に関しても抑制政策をとっています。ただし、労働党がブレア政権以降右傾化して民衆から離れてしまったので、それに対する反発から今度ジェレミー・コービンという最左派の人が党首になりましたけれど。

 

● そうですね。はいはい。

 

姉崎 一度ゆり戻しがくると思いますけれど、でも非常に長い、数世紀をかけた闘いを両方でやっている攻防戦がある。それに比べれば日本の多くはやっぱり成り上がりで徳川家とか、まあ細川さんみたいなお殿様もいますけれど、一般の人の多くは明治以降の中で立ち上がってきて、日本は立身出世ですからね。教育歴によって身分を上げるということでなりあがってきた人たちが普通にいるので、その辺はやっぱりヨーロッパとは違うんじゃないかな、という風に思いますけど。

 

● そう考えると確かに。

 

姉崎 ただそれが「新身分社会」と言う人がいますけれど、1960年代70年代くらいから始まってきて、特に東京などを中心にしてますけど、やっぱり親の経済を次の世代が継承するという。いまは三代くらいまで固定化してきているので。だから擬似的にヨーロッパに近づいている層もあるけど、日本全体をならしてみると、そこまではいえないというようなことだろうと思うんです。

 

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管理人:杉本 賢治

編書『ひきこもりを語る』(V2ソリューション)

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