イノチが生きるとはどういうことか 若原正巳さん(理学博士)

 

 

杉本 いえいえ。結局、人間もあれだ、って話ですよね。そうそう、博愛はなぜ生まれたかという話でしたね。それはひとつの要素としては名誉の欲望だという話でしたね。

 

若原 うん。褒められたらみんな嬉しいんだ。

 

杉本 それはもっともです。何かいまの部分は非常に素朴な感情でもわかる話でしたね。子どものときなんかは特にそうだったですね。

 

若原 うん。子どもの時はねえ。「褒めの子育て」という言葉があるんだけれども、子どもを育てるときの教育というのはほとんど褒めることに尽きるかもしれない。

 

杉本 ああ、やっぱりそれは大きいですか。

 

若原 そうだと僕は思いますよ。けなす、怒る効果よりも褒める効果の方がずっと高いでしょう。ダメだ、お前何やってんだと頭ごなしに叱ったり、もっと勉強しなきゃダメじゃないかと怒られるよりもさ。「おお、よく出来たな」っていうほうがずっと効果があるよね。

 

杉本 (笑)だけど本当にそれは親もその教育が必要になりますよね(笑)。

 

若原 ははは(笑)。

 

杉本 ははは、ははは(笑)。親たちがそもそもそういう教育を受けてこないで育ってるからやっぱり他人の子どもと比較して。「何やってんだ、お前」、あるいは自分自身の感覚と比較してもっと出来るだろう、とね。

 

若原 まあねえ。比較しちゃダメなのさ。

 

杉本 それはありますよねえ。

 

若原 うん。比較したって何も生まないからね。いや、でもまあ何も生まないからというのもまた変な話で。

 

杉本 (笑)。

 

若原 僕の好きなスポーツは全部比較だからね。あいつよりもダメだった、あいつよりも強かったってね。

 

杉本 (笑)ははははは。そうですね。スポーツはね。

 

若原 そうなんだけどさ。

 

ヒヨコをするつぶすとどうなるか?

杉本 (笑)、「参加することに意味がある」って昔のオリンピックのときに言われましたけどもね(笑)。その説得力は極めて薄いな、という(笑)。どうしてもエンターティンメントは昔の「パンとサーカス」の話じゃないですけど、すごくスポーツが最近はお金と絡みつつ。やっぱり人びとの欲求不満を解消する手立てとしては大きくなってきてるなあという気がして。ちょっと普通以上にスポーツを強調すると如何なものか、という感じがしないでもないですね。

 ところで話が変わりますが、私はこの目次の項目にあった「ヒヨコをすりつぶすとどうなるか」って書いてあるのが大変興味深かったんです、これはいったい「どういうことなんだろう?」って。

 

若原 あのね。ポール・ライスという哲学者がね。ここにヒヨコをいれるの。

 

杉本 え?どこにですか?

 

若原 試験管に。

 

杉本 試験管の中に?

 

若原 こっち側にも同じく。Aの試験管とBの試験管の中に。これは思考実験なの。頭の中で考えるの。

 

杉本 ああ、そうなんですね。

 

若原 うん。こういう実験やってみようと。で、これ全部すり潰す、ブレンダー(ミキサー)で。バーッとすりつぶした。で、こっちはすりつぶさない。こっちは生きてる、こっちは死んだ。

 

杉本 まあ、そうですね。

 

若原 でも、物は何も足してないの。何も足してないし、何も引いてない。だから物質的には同じなの。物質的には等価なの。

 

杉本 なるほどね。

 

若原 何も足さない、何も引かない。にもかかわらず、片方は死に、片方は生きている。何が違うのか。それは物質は全部原子だからね。原子・分子から生きているので、 その原子・分子のありよう、組み合わせが違っているだけ。じゃあ生きてるということはこの物質が非常にうまくまとまって生きてるということ。そういう思考実験をやったのね。で、そこで宇宙の階層性という話になって、全部の宇宙をものの大きさだけで区別していくんだよ。じゃあ一番小さい、まあ素粒子よりも小さいものがあるかどうかわかんないけども、概念上、素粒子というのは元のパーテクル(小片)だから、素粒子というものが一番小さくて、それが集まって原子核というのができる。原子核に電子がまわれば原子になる。原子、例えばOとかHとかNとかいう原子がいろんな形に結びついて分子が出来る。水の分子とか、たんぱく質の分子とか。

 それが集まって目に見えるマクロの物質が出来る。そのマクロの物質が集まって星が出来る。星が沢山集まれば銀河だ。銀河が沢山集まれば銀河系だと。それを全部集めれば宇宙だというふうになってるんだと。で、もともと宇宙が出来てから137億年経っているといわれてるんだけれども、元々生物はいなかったんだよね。で、いつか生物が出来てきた。どこから出てきたのか、つまりここから出てきてるのだろうと。

 

杉本 ああ、分子から。

 

若原 分子みたいなものがうまく集まって「生体高分子」というのが出来る。生体高分子というのはDNAとか、たんぱく質とかいわれるものなんだけれども、それがうまく集まって「細胞小器官」というものができた。つまりミトコンドリアであるとか、ゴルジ体とか、リボゾームとか出来た。それが集まって細胞というのができた。で、多くは多細胞生物だから、人みたいに何十兆個の細胞が集まった固体ができた。その固体の集まりが「種」だろうと。種が生態系を作っている。これが生物なんだよ。で、その生物の一種が人間だと。そして人間社会となると生物とはまた違う論理が働きだす。

 

杉本 う~ん。なるほど。

 

若原 だからこの中心をなす部分は「系列」だという。

 

杉本 主系列

 

若原 もともとはこれしかなかった。そのうちに地球が出来て、生物が発生して、となってきて「二次系列」という生物が出来た。その最後の最後にヒトが出てきて人間社会が出来て、戦争が起こったり、いろんなものが出来てくる。法律が出来たりして。だからこれはそれぞれ違うんだろうと。対して物質は全部同じなんだ。全部ここから来ている。

 

杉本 そうなんだなあ。不思議ですよね。

 

若原 でも、まとまり方が違うんだよね。生物は生物としての理解をしなくてはいけない。ヒトももちろん生物なんだけれども、やっぱりちょっと違う集団になっちゃったので。ヒトはヒトなりの別の論理がいるのだろうと考えていくんだよね。で、さっきの「ヒヨコをすりつぶしたらどうなるか」というと、ヒヨコであれ何であれ、ここへ戻っちゃうということなんだよ。壊しちゃう。全部ばらばらにして。そうすると死んじゃう。生物というのはつまりこういうことでうまく集まって出来てるという風に考えるとね。全部のね。全宇宙のものをうまく理解できるのではないか、という考え方なの。「宇宙の階層構造」と僕らは呼んでるんだけれども。階層構造というか、つまりまとまっているということなんだよ。

 

杉本 う~ん。結局そうか。そうするとこちらの世界は原子・分子で考えると、まあ宇宙も生き物と(笑)。星も生きてると考えればそうなんでしょうが、生物の世界とはちょっと違うんですね。

 

若原 そう、違う。

 

杉本 二次系列になると生物なんですね。

 

若原 これは生物なんだね。

 

杉本 二次系列はちょっと特殊な。人間という生きものの特殊性という所がやっぱりどうしても極端にあると。

 

若原 そうだね。わかりやすく理解できるんじゃないかという気がするけどね。

 

動物の感情

杉本 まあ人間が特異だと思うのは僕はいま読んで「ヒヨコすりつぶすとどうなるか」と読むと何かヒヨコすりつぶしちゃうんだ、残酷じゃないですかみたいな(笑)、ある種人間特有の感情というものがありますよね。犬がね、ヒヨコすりつぶす姿を見て哀しいと思うかといったらわからないですけど、哀しそうな顔して泣くかどうか。おそらく別に何とも思わないですよね。おそらくね。

 何か真剣な顔されてますけど、もしかしたらあるんですか?

 

若原 いや~。犬にも感情が。

 

杉本 うん。あるだろうとは思うんですがね。

 

若原 ヒヨコすりつぶして犬が泣くかどうかわからないけれども、あの、目の前で自分の子どもが失われたら非常に悲しいという気持ちは犬でもすると思う。

 

杉本 何か牛でも何かねえ。自分の子どもが引き離されると悲しむとか。

 

若原 だからもう、哺乳類くらいになるとね。非常に人に良く似た喜怒哀楽は間違いなくあるから。だからそういう意味では感情はあって、哀しいとか悔しいとかの気持ちは犬、猫、猫はどうかわかんないけど、まあ牛でも馬でもある。そういう感情は。

 

杉本 一番そういう意味では比較として研究対象となるのは霊長類の話が。

 

若原 うん。霊長類はすごいね。

 

杉本 でてきますよね。で、やっぱり例えばヒヨコすりつぶしてみようかというときに過剰に反応する我々人間というのはある種想像力が過剰にいい意味でもあるからですよね。そんな残酷なことはいくら生物学の実験でもやめてくださいみたいな思考回路になる。まあ、人間の持つ特有な想像力の産物かなあと思うんですけど、これはやっぱり脳の働きで?

 

若原 うん。もうもう、100%脳だよね。そう。やっぱりこれはすごいショックなわけよ。残酷な感じがするわけね。

 

杉本 まあ思考実験ですから実際にはやらないでしょうけど。結局、質量は同じだということを伝えてるわけですよね、ただ人間のイマジネーションって「ヒヨコをすりつぶすとどうなるか」というタイトルだけ読むと。

 

若原 (笑)。

 

杉本 「ヒヨコ、すりつぶしちゃうの?」みたいな(笑)。

 

若原 確かにね。まあちょっとショックなタイトルではある。

 

杉本 ええ、ええ。だから面白いなあと思うんですよね。人間って、そういう抽象思考みたいな能力がある。

 

若原 ああ、なるほどね。

 

杉本 そこら辺のことをちょっとね。いま、思ったことなんですけど。

 

若原 うん。

 

ヒトは成功し、チンパンジーは動物のままなのか?

杉本 やはりこの、生物の発生からはじまって、人間社会まで網羅した話というのはすごいし、やっぱりこれは人間だからできることですよねえ。だからこれは成功なのか?ということをね。思いました。第五章の見出しに「なぜヒトは成功し、チンパンジーは動物のままなのか」とありますけど。やっぱり人口、先ほどいった繁殖成功度みたいな効果から行くとやっぱり成功したということであって、チンパンジーはそれほどの成功はしていないということなんでしょうか。

 

若原 いや、それはね。「なぜヒトは成功し、チンパンジーは動物のままなのか」はね。700万年前にチンパンジーとヒトは分かれるんです。もっと前にはキツネザルとかメガネザルとかと分かれるんだけども、チンパンジー、ゴリラ、オラウータンのままだと。という風にどんどんどんどん分かれていって、最終的にヒトとチンパンジーはこれ、700万年前に分かれてきて、ヒトだけが成功している。チンパンジーはもう、立ち上がれなかったから。バカなまんまなんだと。

 

杉本 う~ん。バカ(苦笑)。

 

若原 と、思われがちなんだけども、そういう風に考えるのは間違いだ、ということを伝えたかった。どうしてかというと、チンパンジーと人との間に700万年前に共通の祖先がいたのね。

 

杉本 ええ。

 

若原 チンパンジーからヒトが出てきたんじゃないんだ。チンパンジーとヒトの共通祖先がいたわけだよ。そういう動物がいた。で、チンパンジーはどっちかというと森に留まって、ヒトはサバンナに出ちゃった。ここで分かれた。で、サバンナに出たからどうしてももう直立二足にならざるを得ないわけ。立ち上がって。

 

杉本 うん。森がない。

 

若原 森がないから。もう、立ち上がって敵が来たら逃げるとか、こうやって伸び上がって。どうして立ち上がったか、っていうことにはいろんな理論があるんだけども、おんなじ時間だけかかっている。こっちからここまでと、そっちからここまで。両方とも成功しているのです。チンパンジーは森でゴチャゴチャやってて失敗してるかというと、そんなことはなくて成功なのです。いま生き残っているこいつら全部、成功してるの。

 

杉本 ああ、そういう意味ですね。

 

若原 それぞれの環境で。チンパンジーはチンパンジーなりに成功している。ヒトはヒトなりに成功している。成功の仕方が違うというだけで。で、ここも途中からこう、分かれてるわけだ。何種類も分かれてダメになったのもいるの。

 

杉本 ああ~。生き延びなかった種もいると。

 

若原 ヒトもものすごい分かれてるんだ。

 

杉本 いや~、そこもね。不思議ですよね。

 

若原 で、大部分がダメになった。ヒトの場合はホモ・サピエンスしか生き残れなかった。一属一種なんだ。チンパンジーはボノボという種も生き残った。ボノボ・チンパンジーというのがいるわけ。これは生き残った。かなり死んだやつもいるだろう。だいぶ絶滅しているんだけれども、こっちは二種類残ってる。ヒトはたとえばネアンデルタール人までいったけど、その系統はダメだった。ほかにも全部途中でダメになったわけだ。で、失敗したやつがいるけれども、成功したのはヒト。失敗したやつもいるけれども成功したのはボノボとチンパンジー。だからヒトだけ成功してチンパンジーとゴリラはダメだということはないよ、ということを言いたかったわけ。

 

杉本 ああ、そういうことだったんですねえ。なるほど。じゃあ共通の祖先がヒトとチンパンジーの間にいて、そこから分裂して片方は砂漠か草原に出て、片方は森の中に留まったけれども。チンパンジー型の中で途中でいまもう絶滅してしまった種類がヒトの種類もそうですけれども、チンパンジーの種類にもいたと。だから両方とも。

 

若原 うん。これよりもうちょっと前の共通祖先もいて、これはゴリラの系統へ出てくる。

 

杉本 ああ、その中にはゴリラの系統が。

 

若原 うん。ゴリラの系統も出た。ゴリラも何種類かに分かれて、いまゴリラは4種類いるというけども、ニシローランド、ヒガシローランド、マウンテンゴリラ、なんとか、っているんだけど。でもダメになったやつもいるわけ。何種類かダメだけど生き残ったやつもある。そういう風な形で、いまここに生き残っているのはニホンザルにしても、メガネザルにしても、全部成功してる。そういう意味ではこれだけ生き残っているわけだから。長いこと頑張って生き残っているわけだから成功している。だから、ここはみんな偉い。ヒトだけが偉いということではない。

 

杉本 うん。自然環境の中で生き延びてきた。

 

若原 そうそうそう。それぞれの環境で生き残ってる。ヒトはヒトの環境で生き残ったということだよね。

 

杉本 う~ん。しかしだんだん話を聞いているうちにわからなくなってきました。生き残ることがいいことなのかどうなのか(笑)ということが。生き残ることが成功・・・。生物として成功であるのか。

 

若原 いいか悪いかは全然問うてないわけ。

 

杉本 そうか。価値は関係ない。

 

若原 善悪じゃないから。

 

杉本 うん~。そうですよね。

 

若原 生き残ったという事実だから。生き残ったということは成功したということなの。生き残らなかったら全滅。まあ、失敗したということなんだよね。だから生き残っているということは成功してるということなんだ。

 

杉本 ですから今後、チンパンジーさんが絶滅する可能性もあれば、ヒトが絶滅する可能性も。今後まあ、長いスパンで地球に生き物がいるとしたらそうなる可能性がまだまだあるということですね。現時点でこうなっている、ということで。

 

若原 でもそうやって考えてみるとたぶんヒトのほうが長く生きるだろうね。チンパンジーやゴリラはどんどんどんどん個体数が減ってるから。それは人間のせいなんだけれども。

 

杉本 そうですね。人間の力でね。

 

若原 うん。ゴリラ、チンパンジーはあの、絶滅するだろうと思う。まあ、ヒトも絶滅するんだけどもね、間違いなく。

 

杉本 銃器とかでですねえ。殺しちゃったりしたり、動物園なんかに引っ張っていっちゃったりすれば必然的に個体数減っちゃいますよねえ。うん。何かゴリラなんかが住んでるところは内戦が激しくってかなり個体数が減ってしまっているという話も聞きますしね。

 

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管理人:杉本 賢治

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