生活困窮者自立支援法について 櫛部武俊さん(一般社団法人 釧路社会的企業創造協議会 副代表) | インタビュー・サイト ユーフォニアム

生活困窮者自立支援法について 櫛部武俊さん(一般社団法人 釧路社会的企業創造協議会 副代表)

■ あの~、櫛部さんがね。そういうセンスをもてるようになったというのは結局、あの・・・

 

櫛部 いや、チャランポランだからだよ。ははははは(爆笑)。

 

■ いやいや、そんな(爆笑)。

 

櫛部 いやいや、本当。う~んと、何かね。真面目そうにこうやって喋ってんだけど、結構不真面目で。

 

■ ははははは(笑)。それは何かわかるな(笑)。

 

櫛部 ははははは(爆笑)。わかるんだ?それは俺はね、いいんだわ。でもそれは僕の中で一本の線なんだよね。

 

■ ああ~。全部つながっているという。

 

櫛部 あの~、昼間くそ真面目で夜になったらさ。まったく別人です、というそういう二重性じゃないです。僕の中でそれは一本の線の中にちゃんとあります。

 

両面性のあるセンス

 

■ だからそれが魅力なんだろうなと思うんですね。僕が思うところを述べさせていただくとですね、櫛部さん、すごい”土臭さ”といったら怒られるかもしれないけれど、そういう情緒的な気持ちの部分が非常に感じられるのと同時にですね。逆に何かすごく都会的なセンスとか、さっき若い人の話をされましたけど、若い人の感性みたいなものをすごく柔軟に受け入れられるところがあるんじゃないかと思って。そのふり幅の大きさが面白いな、という気がするんですね。

 

櫛部 ああ~。あれだよね。あの、昔からそうなんだけど、同じ世代の人でよく酒飲んでグダグダ言うのが酒飲みのだいたい傾向じゃない?僕は嫌いだったから。何で同じ金払ってね。僕はあんまり飲まなかったけど、ガンガン文句言われて3500円をスナックで使うのか?という感覚があってね。何かそれは馬鹿馬鹿しくって。若い人と遊んだ方があまりドロっとしてなくて良かったんですよね。だから僕はそういう文化はあまり好きじゃない。酒は楽しい方がいいじゃん?何か外国とか見てるとさ。何となく酒飲んだときに楽しそうにオクトバー・フェスとかやってるじゃないですか。そういうものなのにね、って。まあ、そうでもない人もいると思うけど、何せね。そういうイメージが強すぎてね。同世代は好きじゃないですね。

 

■ そうですかぁ。

 

櫛部 で、ちょっと私みたいな人がそういう風になった時に絡まれたこともあるから。何かちょっと嫌ですね。だからあまりそういう友だちはいない。欲しいとも思ってないし。それより何か若い人と話して若い人がお父さんにもいえないことを話してあれこれやりとりしたほうが楽しかったなというのはありましたね。

 

■ う~ん、なるほど。だからそのあたりを身につけて。そのあたりもセンスなんだろうなぁと思ってね。

 

櫛部 そうなのかな。親父が結構遊び人でしたからね(笑)。

 

■ そうですか(笑)。いずれにせよ、柔軟さに通ずる部分だと思います。だからこそ福祉事務所での新しい試みが出来たのでしょうし、今の新しい制度との取り組みも前向きになれるのだろうなと思いましてね。

 

櫛部 はい。いずれにしても生活保護の話を避けたら駄目だと思いますよ。それを避けてゴミ屋敷云々をやったって駄目だと思うんですよね。

 

■ ゴミ屋敷もね。送ってくださった困窮者支援シンポジウムのDVDで、櫛部さんの後任の主幹の方が仰ってましたけど、客観的にはゴミ屋敷だけれども、本人の主観の中ではゴミ屋敷なのかどうか?と指摘されておられて。この指摘は本当にそうだろうな、って思ったんです。

 

櫛部 はいはい。そうです。

 

■ それは勿論社会があるから、共同生活をするときに困るというのは勿論それは聞き取らなくちゃいけないんですけど、皆が皆それ、出来るわけではないでしょうからね。

 

櫛部 はい。だからどんな見てくれの形態はあっても、その人の自尊とか、誇りとか、尊厳というのがどうなのか?というのがポイントなわけで、いくら家の中が綺麗でもね。それが全然ないんじゃどうにもならないな(笑)。

 

■ そうですね。逆のケースもあるでしょうからね。

 

櫛部 だからもうちょっとそういう生活の視点というか、「生活と人格」みたいなところをちゃんと考える。そこが弱いと何でしょうね?家を片付けるつもりが、そのうちに家どころか、人まで片付けかねないでしょう(笑)。

 

■ というか、その状態がその人にとって一番安心できる状態なわけですよね?綺麗にしたところでまた同じなると思うし、本当に人も一緒に片付けちゃおう、みたいな話になりますよね。またおなじになるんだったら。まあ端的に言っちゃえば「出てってください」みたいな話になってしまいますよね。結局、どこへ行けばいいの?という話になってしまう。

 

櫛部 かつてナチスドイツがね。アウシュビッツの前にやった実験は、障害者を始末することだったんですよ。それで実験してからそれでユダヤ人のほうに行ったんです。

 

■ ああ、なるほどねえ。

 

櫛部 うん。

 

■ 国民からOKが出た。社会がOKにしちゃた。

 

櫛部 はい。だからやっぱり足手まといでね。「優先思想」からいうと足手まといなんで抹殺するという実験をかなりやった上でのアウシュビッツ、いわゆるユダヤ人の大量虐殺だった。歴史を見るとね。結局そういうことです。

 

■ う~ん。何となくやっぱりいまのね。この国の状態も何か掴みどころのないいやな感じがありますよね。

 

櫛部 感情が勝りすぎているな、というのがすごく感じてますね。

 

■ ええ。だから仰っていた職場の継承とかいうのもそうだし、この法律はおそらく基盤にあるのは他者というか、相対的という話もありましたけれど、自分と違う人がいて、昔は確かに普通に「社会的弱者」という言い方もしましたけれど、でもこの法律の理念は一個の人格、人間なんだと言うことをベースとしてる仕組みなんだと思うんですよね。

 

櫛部 うん。だからこういう取り組みもそういう意味でその、弱者、あるいは困窮者、生活保護世帯様ざまそういうところを何というか責めるといいますかね。さらにスティグマをね。結局あいつらのために負担したくないとか。そういう気分を含めた中での取り組みなので。何といいますかね。「我だけが行くぞ」ではなくて。まさに「どうせあいつら」とか思ってらっしゃるような市民の方にも届くような、やっぱり広い、緩いのかもしれないけど、でも、障害者の抹殺じゃないですけれども、そっちには絶対行かないという線でね。協働できる感覚。あるいはそういう市民的ないろいろなことはあるにせよ、まあ、「見捨てるわけに行かない」でもいいんですけどね。多分そういう所が大事な線なんじゃないかと思ってるんですよ。「しっかり分かってください」なんてそういうことじゃなくて。そういう人をね。やっぱり育てていくというか。それだけでも随分と見えてくるものが違うんじゃないかなあ、と思ってるんですよね。だから「対策」じゃないよ、社会を作るんだよ、って僕は思ってるんですよね。

 

■ ああ、やっぱり「社会作り」なんですよねえ。

 

櫛部 そうです、そうです。

 

■ はい。いや、わかりました。

 

共生型の社会とは?

 

櫛部 はい。社会作りです。人作りですよね。そしてどうやって差異がある、違いのある人が連帯をし切るのか。お金持ちもいれば、お金持ちでない人もいるけれど、それを一方向だけで責める、富を持ってる人だけを責める、あるいは困窮者だけを責めるのではなくて、皆がその中でお互いが持ち分を出し合ってやっぱり連帯をしていく地域社会なり社会を作っていくということはバランスとしてすごく大事。だから極めて「共生型社会というものはどういうものなの?」というところなんです。

 

■ う~ん。

 

櫛部 あの~、言葉は分かるけど。そうしたら、それはどういうことなの?というところをこの取り組みの中でね。やはり少しずつ分かっていくというか。そういうことに尽きるかなあ、と思っているんですよ。だから役所を倒せばいいわけでもなければ、何か下請けで終わっていいわけでもなくて。何でしょう?お互いちょっと話せる関係?それは分かるけれど、でもそれは出来ない部分もあるよとか、でもそれについてはお互いに学んでいけるような。つまり相手を認めているというか、そういうことがほかの生活保護や困窮者やいろんな人たちとの関係においても成立するようなことを頑張んなくちゃいけないと思っていますね、私は。はい。いや、遊びながらね(笑)。

 

■ (笑)いや~、本当にね。これはお話を伺うと中庸性というのは精神のバランスを保つのは相当大変だろうなとは思うんで(笑)。遊び心がないと、あるいは器が大きくないと大変だな、っていう風に思いますね。

 

櫛部 いや、だから今回の私のインタビュー本(『福祉職・櫛部武俊』)。黙っているとどうしても格好いい話になっちゃうのでね。「支援論」ってけっこう矛盾がないとか、そういうイメージがあるのでね。この中でも”匂い”という話をしましたけれど、お互いの同一性といいますかね。そこの所なんですよね。たまたま支援という側にいるかもしれないし、たまたまそうじゃない側かもしれないけど、そこに同一性というところをやっぱり持たないと。パターナリズム(父権主義)になっていくと思います。で、支援されてね。支援される方は苦しくてね。そうなって行って、この制度が「ゴミ屋敷を片付けられちゃう」だけになっちゃう(笑)。そういうことでは無いのではないか。つまりそこに基準を設けているとおかしなことになります。だからこの人はそこからはずれてる人だから駄目なんだ、みたいなことになりかねないわけで。それは包摂でもなんでもない。やっぱり包摂というのは運動で、改めてどういう運動がいまの時代において粘り強く大事なのかというところですね。それは自分にとって「生きる道」であるのかも知れん、くらいには思ってますね。

 

■ 経済の問題でもあり、生活の問題でもあるんでしょうけれども、同時に経済とか生活のもうちょっと基盤の部分の話をいまちょっと聞いたような気がしますね。何か結局僕ら、僕も苦手な世界なんですけれども「他の人を分かる」「認める」というような感じですか?若いときはほぼ横並びですが、年を重ねると社会的立場や役割の違いで何となく上下関係みたいなものが出てきて、コミュニケーションがとれなくなる感じだけども。そう、コミュニケーションの問題という感じかな?

 

櫛部 うん、コミュニケーションをどう構築するか。ただ、当然僕だって度量が広いわけじゃないのでね。やっぱり当然ぶつかるんですよ。人との間、いろいろなことで。自分と働いている人との間にだってあるけれど、それは避けられないんですよ。「ウエルカム、みんな分かってますよ」という風には残念ながらならないけれど、そうなったときに「どう考えるか」ということはあると思うんですよね。「何でこの人と合わないのかなあ」「何でこれは伝わったけど、これは伝わらないのかなあ」「何でお前の言ってること、わかんないのかなあ」とか。その「何か」をね。何でしょうねえ?牛の反芻じゃないですけど(笑)。そういうことがすごく大事かな、と思いますね。

 

■ それが「関係性の問題」ということでしょうか。

 

櫛部 うん。だって「合わない」ということあるんだもの。

 

■ ありますね。

 

櫛部 うん。そんなね。みんなガンジーじゃあるまいしね。それはみんなあるんだから。そういったときにあの~、撲滅するのか、そうじゃないのかというのは結構大事です。その「合わない意味」を考える。だってやっぱり好き嫌いはあるんだもの。それはあって当たり前で。別にそれを捻じ曲げてね。「あなた好きです」と思うことは何もないと僕は思うんだけれど、「何で合わないのかな?」は考える。僕もケースワーカーやってて、保護世帯の人でまあ80件なり90件なりもってて、だいたい10件くらいはね。だいたい地区が変わっても合わない人がいる。こっちの思っていること、言葉に込められたいろいろなことがまるで真逆にとる人っているんですよ。本の前書きに沼尾浪子先生(日大経済学部教授)が安陪公房の『箱男』という所の引用をしていて、「見ることには愛があるが、見られることには憎悪がある」という言葉を引用してるんです。

 

■ はい。ちょっと僕、意味把握が出来なかったんです。

 

櫛部 僕は多分、こう思ったんだけど。こっちはね。そういう風に思っているけど、目線は逆の立場に立った時にそれは愛じゃないんですよ。憎悪を感じているんですよ。つまり「お前、向こうの人間を見ているだろう?こっち側にいる人間なのに」みたいなことです。そしてその関係が分からないとやっぱりね。「人類みな兄弟」みたいになっちゃってね。「わかんないほうがおかしい」みたいになっちゃう。でも、そういうものはあるんだっていうことに気づかないと。それが「相対性」だと僕は思っていて、つまり自分はそう思ってるし、それは正しいとどこかで思ってはいるけれど、場面や人がいろいろ変わるとね。そうでならなくなるものがこの世の中、この世界にはあるんだということにやっぱり気づかないといけないですね。だからアレですよ。100パーセント相手というか、10人が10人ちゃんと伝わるんだと思う方がおかしいと思うようになりました。伝わらなくて当たり前、みたいな(笑)。

 

■ いや~。やっぱり私はそこら辺がまだ未だ苦しいと言うか、苦手な部分なんでね。

 

櫛部 いや、だから多分ね。どこかで僕は切ってるんだと思うんですよ。自分の感覚の中で。考えるんだけど、ず~っとは考えない。恋人じゃないから。恋人だったら「どうしてこんなことなってるんだろう」ってずっと夜も寝ないで考えるけど、そんな訳ないわけだ。そんなことは全然考えない。

 

■ 職場で、最初に知的障害の子どもたちの通園施設で十二年仕事をやられて、それから福祉事務所のほうに戻られた話、ありましたね。で、最初、何年かパワハラの上司のお話がありましたけど。

 

櫛部 (笑)。ああ、はいはいはい。

 

■ まあ、相当辛かったご様子でしたけど、その頃の人とのかかわり、その上司との関わり方の中で、自分の中で処理できました?

 

櫛部 私、立場がペーペーだったからどうもならない。だけどそれがためにそれと同じ感じを持っている人たちと「アフター5」の会を作り、という方向に行ったんですよ。そこがやっぱり大分違うかもしれない。つまり何でしょう?家にこもるという方向には行かなかった。それはやっぱり何だろう?本当はおかしく楽しくやりたいからだったのかもしれない。

 だから私の例ではね。こんなことがあったな。絶対あいつは偉くなるはずはないと。一生いちケースワーカーで頑張るんだろうなと見られていたし、その時々にまあいろいろ、上司は代わりますが、みなそう思っていて、係長に上げるとかいう作業は一切しなかったですよ。そういう適用年齢になったとしても。で、たまたまそのなかで目をかけてくれた人が「お前、一生懸命頑張っているじゃないか」と言ってくれて。まあ、それなりの立場になりました。僕は出世主義になりたかったか?というのはすごく複雑なところがあったんです。査察指導員という専門職は釧路の場合は職階制と結びついていて、査察指導員になるのは昔は係長、その頃は課長補佐。この職とセットだったんです。でも査察指導員というスーパーバイザーはほかの自治体では、平の専門職としてやっている人がいるわけで、必ずしもスーパーバイザーになりたいイコール偉くなりたいということではなかったのだけど、釧路の場合はそういうセットだった。だから、「専門職になりたい」イコール「偉くなりたい」みたいにとられることになっちゃうわけですよ。要するに査察指導員というスーパーバイザーになりたい=出世したいにどうしてもなってしまう。

 

■ 櫛部さんとしては専門家になりたいだけなんだけど。

 

櫛部 なりたいんだけど、役所の機構上それは課長補佐になったり、係長になったりすることですから。いわゆる職階制と結びついているわけですからね。

 

■ なるほどね。

 

櫛部 それはすごく悩ましかったですね。

 

■ そういうことなんですね。

 

櫛部 はい。悩ましかったなあと思いました。だけど少なくとも何だかそういうこう、排除されるかのようなね。ああいう所の主任になるものじゃない、という気持ちも一方ではありましたね。やっぱりおかしいな、と思ってはいましたね。

 

■ うんうん。

 

櫛部 役所の人間ってそういう組織的なもろもろで葛藤もありつつ、だいたいそれで役所人生が終わるのが普通なんですよ。だからまあ、たまたま私の場合はそれでも十個のうち一個か二個ね。役所に在職のうちに携わることが出来た。それを幸せに思わなくちゃいけない。

 

■ うん。そうですよね。

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管理人:杉本 賢治

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